2000年3月、Chamalières市内の学校とClermont-Ferrandの一つの大学を訪問して実施した現地調査の結果について報告する。 特に地方都市における、学校体育にかかわる Projet d’établissement の実態ならびに大学の STAPS の研究・教育体制について、 わずか1日半のスケジュールで垣間見た事実と収集した資料によって紹介する。 クレルモン・フェラン大学区は中央山岳群 Massif central に位置する Auvergne地方の4つの県、 Puy-de-Dôme, Cantal, Allier, Haute-Loireをカバーしており、シャマリエール市は オーヴェルニュの 首都クレルモン・フェラン市に近接する温泉とパスカルの生まれた町で有名な歴史の古い小都市である。 シャマリエール市に向かったのは、特に教育行政上の特色などを調査して選んだというわけではなく、
たまたま友人の在住する町であったという偶然にすぎない。訪問先についても、すべて友人があらかじめアポイント してくれていたものであった。 国民教育相のウエッブで調べると、クレルモン・フェラン大学区の就学人口は 第1段教育121362 、第2段教育110208、高等教育39234、継続教育18200、学校教育施設は小学校1595、 コレージュ・リセ・職業リセ309、 大学2と一つのIUFMといった、1998年度の数字が紹介されている。大学区の全国比較 データでは、 少ない就学人口と高い学業成績と教育費といった特徴が認められる。
シャマリエール市立 Montjoly学校
モンジョリー小学校では、体育専科教員が1名採用されていて、10名の市スポーツ指導員と協力して、 5つの枠(火午前、火午後、水午前、木午前、木午後)に13の授業を展開している。 【OHP資料】これは1999年度第2学期の事例である。
この学校では、学習指導要領が定める「芸術教育・体育」週6時間に対して、体育に2時間半の時間配当を行っている。 この2時間半の時間数は、1時間半をクラス別体育指導、残り1時間をプールでの授業に当てている。
市内の小学校はどこでもこのように時間配分しており、市のConseiller Pédagogique de Circonscription(CPC) が作成した「市体育要領」こそがこの場合Projet d’établissementということになるのではないか。 そして、そのなかでの体育の構造化は、CPCの働きにかかっているということであり、シャマリエールの小学校に関する限り、 このCPCの機能は順調だとのことであった。
Puy-de-Dômeを市の観光の目玉にしているシャマリエール市は温泉の町を印象づけるスポーツ施設として Centre aquatiqueと称するオリンピック級のメインプールを擁する大規模な総合水泳施設を持っており、 これが学校体育にも活用されている。驚いたことに、水深は150cmのままで、特に小学生用に調節することなく使用していた。
小学生たちを引率してくる教師がプールサイドの椅子でじっと(居眠り?)している間に、市の水泳指導員たちがクラス (能力別)に分かれて指導をしていた。このような授業風景は、フランスの小学校体育のひとつの特徴的な事例であろう。 少なくともシャマリエール市の場合、市の財政はフランスの小都市の中では裕福な市であり、各小学校がその体育授業を スポーツ指導員に委託しており、学級担任教師は体育の実践指導は全くしていない。
Projet-d’établissementなるものは、小学校段階では、学校別に作成されることはない。 それは、以上の現実をみても理解できる。Projet-d’établissementは市の裁量によって、 人事や施設との兼ね合いを考慮して作成されており、これを現実的に運用し、指導内容に関して改善の働きかけを行うのは、 Conseiller Pédagogique de Circonscriptionと呼ばれる、学校現場の教育実践の指導・管理を担当する指導主事の ような役割を果たす人物によって担われている。 Conseiller Pédagogiqueは教育職であり、視学官のもとで教師の資質向上を任務とするが、本務に支障のない限り、 視学官の行政職の任務を補佐することもある。1985年1月22日付省令では、8種のカテゴリーを定めているが、そのうち
一般CP、体育CP、音楽CP、造形CP、言語・地方文化CP、教育工学・教育資料CPの6種のCPが視学官のもとに 配置されることを定めている。CPCは国家レベルの教育目的を学級運営に反映させるための仲立ちと、現場教師一人一人 のさまざまな教育実践上の問題の相談役という立場にある。
シャマリエール市の体育担当CPCの一人と面接し、質問してみた。職務は会議や学校巡回、スポーツ団体との折衝など非常に 多忙な様子で、常に分厚いファイルを抱えて市内を飛び回っているといった印象であった。
小学校カリキュラムにおけるtransversalitéの概念であるが、体育がこの面で果たす役割については、たてとよこの 関係があって、特に体育が教科内容において重視されているわけではないということだった。
小学校の3つの学習期で達成目標とされている力(compétence)としては、
横断的(transversale)な力、態度、時間空間の基礎的概念、学習方法、
言語習熟、
各教科独自の知識と学習方法
の3つのタイプが挙げられている。各教科独自の知識と学習方法での横断的目標のうち、体育科に関しては、第一学習期を特に世界の中で活動する領域に重点化したかたちで、表1のような内容が掲げられている。この表から、体育の横断的目標への貢献は、体力ではなく運動学習能力ならびに社会的行動能力に関するものであることが分かる。
表1:体育科独自の知識と学習方法
第一学習期
世界の中で行動する
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第二学習期
体育
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第三学習期
体育
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この学習期では、子どもは活動に取り組む中で自分の行動を構築する。次第に自分の活動の結果を知り、追求した努力と獲得した効果を比較する。
子どもの力はさまざまな空間の中で道具を用いずにあるいは用いて、自分にとって意味のある、全面的に参与できる場面で発達させられる。
つぎのことができなければならない
・自分の意図あるいは環境の促しに応答してできるだけ幅広い活動要素、走る、登る、投げる、跳ぶ、滑る、落ちる、引く、押す、操作するなど、できるだけ幅広い活動要素の目録を活用できる
・身近な整備された環境の中で、すすんで安全に活動を実行する
・他者と共に音楽なしあるいは音楽をつけて身体表現の活動、ならびに理解できる簡単なルールを尊重しながらに参加する
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この学習期では、子どもは自分の活動を分析しながら行動を構築する。自分のやりかたと自分の活動の結果の関係を確立する。自分の活動計画を修正するために、これらの関係を理解する。
子どもの力は、次第により効果的かつ経済的な活動計画の中で、さまざまな身体的環境の中で発達しなければならない。子どもが基礎的知識を構築し活用するのは、活動の中で活動を通してである。
この学習期の終わりには、生徒はつぎのことができなければならない
・日常的活動より複雑な活動の実現。たとえば、ひとつないしたくさんの障害物の上を走り、跳ぶ、あるいは要素的活動の組み合わせなど
・こうした活動の実現の中で、移動、持続時間、速度の概念を把握する・供給すべき努力の強さとからだに及ぼすその効果、自分の限界の配慮を評価する
・課題の難しさ、予期される危険との関係で行動する
・他者との関係でルールにしたがって行動し、チームの中でいろいろな役割を果たす
・個人ないし集団の活動に参加し、他者に自分の感情や情緒を伝える
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この学習期では、子どもは実現すべき活動を予測して、自分の運動行動をより方法的に調整し、洗練化させ、発達させる。提示された、あるいは自分で考えた活動の戦術の中から最も効果的なものを選ぶ。
子どもの力は、知識をもたらすことができる学習、および活動計画を具体化できる学習の場の中で、スポーツ的ないし非スポーツ的な身体活動によって発達しなければならない。
この学習期の終わりには、生徒はつぎのことができなければならない
・自分の活動の中で、すでに獲得された習熟の精密さによって最大の活動の容易さを表すこと
・スポーツ的身体活動・表現の実践の中で効果的に自分の知識・認識を活用すること
・集団的活動に参加し、さまざまな役割を果たすとともにルールを尊重すること
・個人ないし集団の計画に参加し最善のパフォーマンスを目指して自分の実践レベルを評価すること
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Collège Teihard de Chardin
この中学校の校門は、出発前に日本でコンピュータのウエッブで目にしたものであった。朝8時半過ぎに訪れると、学校長のラヴァストル氏みずから校門にたち、さみだれ的に遅刻して校門に駆け込んでくる生徒を呼び止めては、何か書類のようなものを提示させていた。これは簡単なやり取りで終わるものであったが、日本の校門事件のようなことをつい想像してしまったが、門扉というものがついていない、しゃれたデザインの校門である。しかし、そこには一種の規律維持のための学校管理者の仕事といった意識がくみ取れた。「毎日このように校門に立つのですか?」とたずねると、「週一日程度です。毎日はやっていられない。」とのこと。
校長室の扉の前に2、3人の生徒が校長の来るのをまっている。そこでも一人、親が病気のためサインがもらえなかった生徒がいて、その理由を聞いてから学級へ戻すといったチェック業務をしていた。
Projet d’établissement についてたずねると、1996年6月18日付省令の体育の目的に関する数行の規定をあげたのち、この学校の体育の展開を説明する文章を綴った書類の写しを手渡してくれた。その内容を検討してみると、 ここでも体育の展開は県のスポーツ課との連携によって、スポーツ・クラブを盛んにする方向であるように思われた。
1984年7月16日付スポーツ基本法により、第二段教育のすべての教育機関 にスポーツ・クラブを設置することを義務づけられ、すべての学校スポーツ・クラブは、1986年3月13 日付政令によって制定された学校スポーツの全国事務局である全国学校 スポーツ連合(UNSS)に加盟するようになった。
ティヤール・ド・シャルダン校のProjet d’établissementである「スポーツ・クラブの教育的役割に関する Projet-d’établissement」は学校長と県UNSS事務局の間で取り交わされた書面のかたちをとっている。 活動内容としては、クライミング、体操、水泳、バレーボールの4つのCompétences spécifiquesを UNSSの目標に沿って「枠づけ」(encadrer)することだと唱われている。そして、その手段として
1.社会的、道徳的価値に向かう具体的機会を提供すること
2.安全、連帯、責任、自立、健康をめざす教育に協力すること
3.団体生活への参加を促すこと
の三つを掲げている。
他方、「スポーツ・クラブの教育計画は完全に、本校のProjet-d’établissementの一部をなし、その主要目標のひとつ は、市民性の教育」であるとしている。
Projet-d’établissement に位置づけられるスポーツ・クラブの教育的価値は、教師と父母を巻き込んだ 教育共同体としてのクラブの集団の中で、公式スポーツ競技の恒常的な実践を通して「行動力」を具体的に発揮する経験を することにより「社会化と参加」の場とされている。そして、その具体的活動として、定期的な(水曜日)校内対抗競技会 の開催と運営への参加による人間関係の拡大と責任感の形成、クラブに関する情報(試合成績、写真、ルポなど)収集や掲 示物の作成と展示あるいはビデオ製作、映画、技術的ドキュメントの作成など視聴覚資料の発信といった自主的な作業を通 してスポーツ・クラブ活動を「生き」「知る」こと、さらに、クラブの機構に関わり「自分のスポーツ」を見出し、校外に
出て社会の機構の中でスキー旅行や親睦スポーツ活動を計画・運営することによって公民的資質を高めることが挙げられている。
Lycée d’Enseignement Général et Hôtelier
“Lycée polyvalent - Chamalières”
ここでは、学校に隣接する市の体育館での第1級の男子バレーボールと男女混合バドミントンのクラスの授業を見学し、 バカロレアへの体育評価について二人の担当教員に面接し、評価の事例として二人の生徒の記録を手に入れた。 【OHP資料】
Projet-d’établissement は、以下の三つの領域に展開されているということであった。新しい学習指導要領では選択コースを全廃しているはずであるが、おそらくこの学校ではまだ移行していないもののようである。スポーツ・クラブの活動について具体的に見ることは時間の関係でできなかった。
表2:リセ・シャマリエールのProjet-d’établissement
体育
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選択コース
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スポーツ・クラブ
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必修活動
週2時間
運動行動の発達
↓
体育の教育計画
↓
さまざまなAPSの中から選定された指導内容
第2級から修了級までの指定種目
陸上競技、体操、集団スポーツ、
卓球、バドミントン
↓
評価
全員必修(傷害のあるものには特別な試験種目)
3種目のAPSにおける技能:15ポイント
+
関連する知識:5ポイント
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選択活動
週3時間
個人の形成計画
APSに関連する自分の教養を深めること
↓
選択コースの指導
↓
必修活動で選定されれていないAPSを2種目、3ヶ年にわたって実践する
1999/2000年度
第2級:バスケット、体操
第1級:バスケット、体操
修了級:バスケット、体操
↓
選択種目としての評価
・APS1種目における身体的成果:15ポイント
・15分間の口述:5ポイント
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任意活動
週2ないし4時間
・さまざまな水準での身体活動
・責任感と組織力の発達
↓
スポーツ・クラブの計画
↓
・最もよく実践されているすべてのAPSにおける試合:個人スポーツと集団スポーツ
・クライミング、ゴルフ、VTT、パラパントの入門と向上
・役割を果たす−審判
↓
この参加は選択コースと混同しな
いこと
これは補助的なものである
↓
・UNSSが義務づけているライセンスにより、すべての活動の実践が許される
・健康診断書
・保護者の承諾書
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係数2
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平均点以上の得点は第一の選択種目に加算される
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むしろ、ここではバカロレアとの関係で、体育の成績評価の具体例について注目しておくことにする。どの種目についても技能点15点を構成する評価の観点が文書によって明記されており、それぞれがきわめて微細な動作分析的な評価の目を要求している点に特徴がある。
ラケット・スポーツの場合を例に取ると、9点が技能習熟度、6点が実施成績に配分され、技能習熟度は(1) 目標打ちの技能、(2)速度の見定め技能、(3)ボールに回転を与える技能の3つの観点について、 それぞれをさらに運動学習の習熟段階についての細かな記述によって3段階に評点を与えるようになっている。 たとえば、目標打ちでは、方向違いが頻繁である場合は1点、返球が容易な高い軌跡の場合は1.5点、 相手が予測できないいろいろな目標打ちの場合は2点、強弱を加えた不均等な意図的な目標打ちの場合は 3点、といった具合である。他の項目についても同様な記述が見られる。実施成績の項目は (1)同一レベルの相手との試合での個人成績、(2)活用する戦術のレベルに分けられている。
戦術レベルの評価は、相手の仕掛けにはまる、意図を持つようになるがほとんど効果なし、 攻撃と防御を使い分ける、自分の得意を活用して不均等な仕掛けをする、相手に対応して動き相手をくずそうとする、 という5段階を0.5点刻みで3点の配分をしている。
もう一つの注目点は、体育授業で活動ができない事情にある生徒に関する学校医の診断書や養護教諭の業務、 あるいは保護者の申し出義務などについての細かな規定があったり、事故申告の方法 (2名の目撃証言)や体育服の規定が文章化されている点である。また、クラブ活動に関する文書には、 スポーツ・クラブの結成の法的根拠、校長・保護者・生徒・その他の関係者による教育共同体を構成メンバーとすること、 スポーツ・クラブ委員会の構成比率の規定、教師の指導業務の規定などが見られる。これらを読む限り、この学校ばかりでなく 、フランスの学校体育の管理的な側面が見える一方、教育的管理ということを単に学校の内部の世界に限定することなく、
教育を取り巻き責任を有するすべての人間にひろげて運営する教育共同体という概念と、スポーツという活動の開かれた側面 とが具体的に見えてくる。
Lycée René Descartes
1995年創立の普通課程と技術課程を持つ定員1200名の大規模校
第1級は応用芸術(Arts appliqués)、 経済・社会、文学、科学、第三次工業の5コースによって構成され、応用芸術コースの上には内装建築BTSをめざすコース が加えられている。このリセには”Section sportive”と呼ばれるハンドボール、柔道、卓球を重点種目とするスポーツ教育のコースが併設されている。このコースの生徒たちの活動 のありさまを見学することは時間の都合でできなかったが、校長との面接で、応用芸術コースに重点を置きながら、スポーツ 教育コースの特色を融合させようとする方針であることがわかった。生徒の作品の展示物が廊下に掲げられており、スポーツ 選手を題材にしたものが多くあった。
教育目標
バカロレアのSérie ES, L, S, STTをめざす学業の成功とスポーツ能力育成とを両立させる「最大限の条件を提供する」
既得能力
⇒普通教育の良好な成績
⇒学業負担に耐える強い意欲と粘り強さ
⇒時間を管理する高い能力
⇒自律性
学業の概要
国民教育省とレジオン青少年局、スポーツ連盟の提携によって構築されたもの
1.時間割に定められたコースを他の生徒と全く同じくEPSも含めて履修する
2.できるだけ半寄宿生ないし寄宿生として寄宿舎に入る(土曜日午前11時30分から日曜日午後8時まで閉鎖、ただし寄宿生は居残り可)
3.学校に隣接する市のスポーツ施設で2時間単位のトレーニング授業を、放課後、週3〜4回受ける
4.Projet d’établissementが計画する学校スポーツ・クラブの活動であるUNSSの競技会にも参加する
5.学業困難な生徒のために一貫した補修指導(suivi)が保証される
6.医学的suivi(クレルモン・フェラン・スポーツ医学センターで2ヶ月に1回の専門医師による無料診断)リセの保健室で毎週、機能訓練士の診断を受ける
7.次の年度へのスポーツ・コースへの登録は自動的ではなく、学業成績とスポーツ成績の両方またはどちらかが不十分であれば、留年となる。
このコースを志望する生徒が提出する入学願書の様式を見ると、成績証明書、診断書など一般的な書類のほか、 コレージュ校長、コレージュのEPS教師、所属クラブのトレーニング担当者の3者の所見を記載する欄が設けられている。 校長は「時間管理能力」「学習意欲」、体育教師は「身体能力」「スポーツ精神」、トレーニング担当者は「トレーニングの 勤勉さと意欲」「試合の中での行動」といった項目についてそれぞれ記載することになっている。出願者は所定の期日に市の 体育館で行われるテスト(基礎体力テスト、専門種目のスキルテスト、父母と本人の志望動機の確認)に合格し、上記の書類 審査の判定をへて入学が認められる。
このようなシステムは”Sport-Etudes”と呼ばれ、学校教育システムと スポーツ競技システムの共同によって、学校には広くスポーツ文化を導入して活性化させ、競技団体には有望若手スポーツ選手 育成とスポーツ専門職の養成の機会を提供するという、国民教育省と青少年スポーツ余暇省の地方自治原則にもとづく相互 提携であり、フランス全国のリセに普及しつつある。
ちなみに、フランス柔道連盟の側からこのシステムを概観すると、フランス柔道連盟は、36の県レベル選手育成クラス、 15のレジオンレベル若手選手育成センター、10の全国ベレル選手養成センター、そしてパリのINSEPの国際級選手強化 という高度競技への選手養成システムを持っている。柔道のSport-Etudesのシステムを設置しているリセは全国に67校 存在する。(表Sport-Etudes 略)
現在のところ、バカロレア制度にはスポーツの専門領域に連携するような部門は設定されていないが、 Sport-Etudesの役割は、大学における STAPSの発展とあいまって、スポーツの職業への学校教育の対応を促進させるもの であろう。1998年12月 8日アレグル文相と全国体育教師組合(SNEP) の代表が会見し、バカロレアとBTS の新しいテクノロジー部門としてスポーツの職業を加える要求がなされ、この件についてただちに諸問題の検討に移っている。
Université Blaise Pascal (Clermont II)
この大学は、文学・人間科学UFR、応用言語・商業・コミュニケーションUFR、心理学・社会科学・教育科学 UFR、実験・自然科学UFR、STAPS(スポーツ学)UFRの5つのUFRと博士論文提出資格であるDEAを基礎資格とする科学技術学 UFRの合計6つのUFRで構成されており、1998年度の全学の学生数は13774名、STAPS(スポーツ学)UFRの学生数は996名である。
大学一般教育課程にあたるDEUG課程は文学・言語学DEUG、人文・社会科学DEUG、科学技術DEUGの3コースに大きく分けられ、 これに加えてスポーツ指導者DEUSTというコースが特別に設けられている。
STAPS(スポーツ学)UFRは、学内の組織としては小規模なものであり、リサンスとメトリーズのコースの選択肢も、 他のUFRに比べて少なく、教育・運動学コース、スポーツトレーニング学コース、スポーツ経営学コースの3つのコース に限定されている。さらに、3eme CycleでのDEA取得の研究テーマは一つにしぼられ「スポーツとパフォーマンス: バイオメカニクスの要因、生物学の要因、社会・経済的要因」となっており、自然科学系のバオメカニクスの分野と社会科学・ 人類学の分野の融合的な研究に特化されている。なお、このDEA-STAPSはリヨン大学、グルノーブル大学、ブルゴーニュ大学 (ディジョン)という隣接県の大学院とのCohabilitéの提携関係を結んでいる。
博士後期課程にあたる部分は独立大学院型になっており、各UFRでのDEA取得後に、それぞれの専門研究テーマを、 CNRSやINRAといった全国レベルの研究機関と連携する研究チーム、高等教育・学術大臣の認可する研究チーム、 大学の学術評議会が認可する研究チームの3つの差異化されたチームにそれぞれ所属して論文をまとめる仕組みである。 STAPS(日本式命名法ならスポーツ学)のコースから、先のテーマでDEAを取得した学生の行く先は、最後のチームの中の 「身体的実践の人類学」という研究テーマを掲げるM.J.Biache教授のひきいるグループに所属する。 このチームは1994年以降、特に社会人類学の研究チームの掲げる「過去・現在の社会的実践と宗教の力関係」
というテーマと協力関係を結んでいる。社会人類学チームのテーマの細目の一つは、「伝統的宗教、その象徴性、 その発展形態、およびそれ以外の近年の信仰システムのとの関連性」であり、もう一つは「育児実践における小児の 表象内容とその儀礼的表出、非工業的社会における原初的教育」である。この研究にはCNRSの研究参加がある。一方、 DEA-STAPSの掲げる「身体的実践の人類学」のテーマの細目は、主として動作レベルの研究テーマであり、一つは 「個人の認知構造に関わるからだと身体的技術の作られ方」であり、もう一つは「格闘スポーツ場面での個人の経験におけ る活動の意図」である。二つのチームの融合部分に「身体的経験の伝達」「身体的実践における所有、トランス、秩序」 という二つの共同研究テーマが設定されている。
Biache教授はUFR-STAPSの責任者でもあり、スポーツ学の分野の大学内での運営の問題点や研究における独自性の確立の困難さ、 さらには日本での大学改革の中で音・美・体の融合を企てている立場についての情報交換などを行った。
まとめ
今回の調査は短期間であり、小学校から大学までにわたる広範囲のものであったため、日ごろから関心があった、 フランスの学校体育と社会一般スポーツとの構造的なかかわりと、新しい学習指導要領の中で追求されている実践的な理念や 具体策について焦点を合わせて深く検討する材料を得ることはできなかった。しかし、Projet d’établissement というものが地方の現場でどのように取り扱われているか、そのスポーツ行政組織との共同体制について一定の知見を得る ことができた。また、EC体制の中でもフランス独自の概念であるSTAPS(スポーツ的身体活動)という学術領域が、 生き残りをかけて各大学のUFR機構の中で独自の道を模索し、しかも、大学の中でのステイタスや自立性を確保することの
厳しさなどを具体的に確認することができた。これをもとにして今年度もさらに調査をつづけたい。
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